平成ノブシコブシの吉村崇さんは、テレビのバラエティ番組などで活躍するお笑い芸人です。吉本興業の公式プロフィールでは、1980年7月9日生まれ、北海道札幌市出身、NSC東京校5期生と紹介されています。
吉村崇さんについては、どこの大学を卒業したのか、出身高校はどこなのかが気になる人も多いようです。2026年5月放送の『アナザースカイ』では母校を訪れ、進学率の高い高校に通いながら大学には進学していないことを本人が明かしました。
大学進学の有無をはじめ、最終学歴とみられる北海道札幌手稲高等学校、高校時代に芸人を目指した理由を紹介します。卒業後に上京し、NSC東京校から平成ノブシコブシを結成するまでの経歴もあわせて確認します。
吉村崇は大学に進学していない?学歴を紹介
【だれトピ!結論】
- 大学進学なし
- 大学中退の公表情報は確認できず
- 出身高校は北海道札幌手稲高等学校
- 高校卒業後に北海道から上京
- 2000年にNSC東京校5期生
吉村崇さんは進学校として知られる高校に通っていましたが、卒業後は大学ではなく、お笑い芸人になる道を選びました。
吉村崇は大学へ進学していない
結論からいうと、吉村崇さんは大学に進学していません。
2026年5月放送の『アナザースカイ』で母校の札幌手稲高校を訪れた際、吉村崇さんは、進学率が高かった同校で大学へ行かなかった生徒の一人だったと語っています。大学名や学部の情報が見当たらないのは、そもそも大学に在籍していなかったためです。
日刊スポーツでも、吉村崇さんが母校を訪れ、大学へ進まなかった当時を振り返ったことが報じられています。
大学中退ではなく高校卒業後に上京した
吉村崇さんについて、大学を中退したという公表情報は確認できません。
確認できる経歴は、高校を卒業した後に北海道から上京し、NSC東京校に入ったというものです。大学に入学した後で退学したのではなく、高校卒業時点で大学進学とは異なる道を選んだとみられます。
北海道テレビの番組ページにも「高校卒業後上京」と記載されています。
進学校の出身者と聞くと、その後に有名大学へ進学したのではないかと思う人もいるかもしれませんが、吉村崇さんの場合は大学名や学部ではなく、上京後の芸人養成所での経歴が確認できます。
「大学中退」ではなく、確認できる経歴は高校卒業後に上京してNSC東京校へ進んだ流れです。
出身高校は北海道札幌手稲高等学校
吉村崇さんの出身高校は、札幌市手稲区にある北海道札幌手稲高等学校です。
2026年に公開された番組レポートでは、吉村崇さんが母校として北海道札幌手稲高等学校を訪れたことが紹介されています。高校時代の友人や在校生と交流し、当時の思い出を振り返っていました。
また、北海道札幌手稲高等学校の公式サイトでは、同校が進学型普通科単位制高校として案内されています。進学を意識する生徒が多い環境だったことも、吉村崇さんの「大学に行かなかった」という話に注目が集まる理由の一つです。
当初は公務員を目指していた
高校へ進学した当初から、吉村崇さんが芸人一本に絞っていたわけではありません。
2026年に紹介された本人の話によると、就職環境が厳しかった当時、祖父母から勧められて公務員を目指していた時期がありました。進学校で勉強し、安定した仕事に就く将来を自分でも想像していたそうです。
ところが、高校では朝や休日にもテストが行われるような環境に、最初から思うようについていけなかったと振り返っています。周囲に勉強のできる生徒が多い中で成績が伸びず、自信を失った時期もあったようです。
こうした高校時代のエピソードは、entaxの番組レポートでも紹介されています。
高校2年生の後半から芸人を目指した
吉村崇さんが芸人を目指し始めたのは、高校2年生の後半でした。
本人は高校時代を振り返り、勉強でもスポーツでも結果を出せず、自分に残されていたものがお笑いだったという趣旨の話をしています。北海道に残ることは考えず、卒業後は東京へ出ることを決めました。
高校時代の友人によると、英単語のテストの解答欄にボケを書き続けていたこともあったそうです。真面目な生徒が多い進学校の中で、すでに周囲を笑わせようとする一面が表れていたことが分かります。
吉村崇が高校卒業後に芸人になるまで
吉村崇さんは大学進学を選ばず、高校卒業後に上京しました。東京では芸人養成所に入り、後に相方となる徳井健太さんと出会っています。
高校時代はバスケットボール部に所属
吉村崇さんは、高校時代にバスケットボールに取り組んでいたことが紹介されています。
北海道テレビの番組ページでは、吉村崇さんの特技としてバスケットボールが挙げられています。一方、吉村崇さん自身は高校時代について、勉強だけでなくスポーツでも満足できる結果を残せなかったと振り返っています。
そうした学生時代の経験から、自分にできることを考え、お笑いを進路として意識するようになりました。成功体験ばかりではなかった高校生活が、芸人として前へ出続ける原動力になっているとも受け取れます。
高校卒業後に北海道から上京した
高校を卒業した吉村崇さんは、大学へ行かずに北海道から東京へ上京しました。
高校時代の仲の良い友人たちも音楽などを目指して東京へ行く予定だったため、吉村崇さんは3人で暮らすつもりで生活用品まで準備していたそうです。しかし、実際に上京したのは吉村崇さんだけでした。
北海道テレビの番組ページでも、高校卒業後に上京したことが明記されています。地元を離れた時点で、芸人として成功するまで簡単には戻れないという強い思いがあったことも、過去の番組で語られていました。
NSC東京校5期生として芸人を目指した
吉村崇さんは、2000年にNSC東京校の5期生となりました。
NSC吉本総合芸能学院の公式サイトでは、発声や演技などの基礎、ネタみせのプログラムなどを通じて、芸人として活動するためのノウハウや礼儀を身につける学院と説明されています。
吉本興業の公式プロフィールにも、吉村崇さんは「2000年 NSC東京校5期生」と記載されています。「吉村崇さんの大学はNSCなのでは」と思う人もいるかもしれませんが、NSCは大学ではありません。吉村崇さんにとっては、芸人になるために選んだ専門的な養成機関でした。
公式プロフィールで確認できるのは、大学名ではなく2000年のNSC東京校5期生という経歴です。
2000年に平成ノブシコブシを結成
吉村崇さんはNSC東京校で徳井健太さんと出会い、2000年8月に平成ノブシコブシを結成しました。
平成ノブシコブシの公式プロフィールでは、結成年月が2000年8月、出身がNSC東京5期と紹介されています。
大学へ進学していれば、卒業する時期は20代前半になっていた可能性があります。しかし吉村崇さんは、10代のうちに芸人を目指して上京し、20歳になる年にはコンビを結成しました。その後は「破天荒キャラ」で注目され、コンビだけでなく一人でも数多くのテレビ番組に出演するようになります。
吉村崇の学歴・プロフィール表
吉村崇さんの学歴やプロフィールを、確認できる情報を中心にまとめると次のとおりです。
| 項目 | 内容 | 補足 |
|---|---|---|
| 名前 | 吉村崇 | 平成ノブシコブシ |
| 生年月日 | 1980年7月9日 | 吉本興業公式プロフィールで記載 |
| 年齢 | 45歳 | 2026年6月時点 |
| 出身地 | 北海道札幌市 | 吉本興業公式プロフィールで記載 |
| 身長・体重 | 175cm・67kg | 吉本興業公式プロフィールで記載 |
| 出身高校 | 北海道札幌手稲高等学校 | 番組内や報道で紹介 |
| 大学 | 進学していない | 本人が番組で発言 |
| 芸人養成所 | NSC東京校5期 | 2000年入校 |
| コンビ結成 | 2000年8月 | 相方は徳井健太さん |
生年月日や身長、出身地、NSCへの入校年は吉本興業の公式プロフィールで確認できます。出身高校や大学へ進まなかった経歴については、番組での本人発言や主要報道で紹介されています。
吉村崇の大学や学歴に関するまとめ
吉村崇さんの大学や学歴について、重要なポイントをまとめます。
【だれトピ!まとめ】
- 大学進学なし
- 大学中退の公表情報は確認できず
- 出身高校は北海道札幌手稲高等学校
- 高校入学当初は公務員志望
- 高校2年生の後半から芸人を意識
- 高校卒業後に北海道から上京
- 2000年にNSC東京校5期生
- 2000年8月に平成ノブシコブシを結成
吉村崇さんは、進学する生徒が多い高校に通いながら、大学ではなく芸人になる道を選びました。現在の活動につながる出発点は、高校卒業後にNSC東京校へ進んだことにあります。
大学進学とは異なる道を早い段階で選び、平成ノブシコブシとして活動を続けてきた経歴は、吉村崇さんの行動力を表すエピソードといえます。
今後もバラエティ番組や個人での活動を通じて、学生時代の経験を語る機会があるかもしれません。
